「岩田聡」耳を傾ける人、先に愛する人


あの日から、2年が経とうとしていますね。

任天堂の公式ツイッターから流れてきた訃報情報を見たとき (2015年の7月13日でした) 、全身から血の気がサアッと引いていきました。

そのときに体が感じた感覚は、不思議なくらい強く記憶に残っています。感情や言葉を超越した、あの“感じ”はほんとうだと思うから、絶対に忘れたくないです。


7月12日に、ローソンでマリオ30周年のコンサートのチケットを引き換えたあと。
コンビニからの帰り道、ふと「岩田さんはコンサートのときには、いない気がする」っていう、謎の確信が浮かんできたんです。

どうしてそんな考えが思いついたのか、なんとも不思議なんですけど、そういう事がありました。

いろいろ変化が起こりましたが、あの日以来、自然と「ほぼ日」に通う頻度が増えたんですよね。意図せず、自然なかたちで、自分のスタンスが変わったような感じです。


ご存じない方もいらっしゃるかも知れないので説明しますと、「ほぼ日」は岩田さんのご友人である、糸井重里さんが立ち上げたwebサイトです。
岩田さんみずから「ほぼ日」開設に協力なさったという、歴史があるんですよ。


7月に入って、ひさびさにほぼ日手帳を使い始めました。
(手帳本体はavec 後期 7月はじまり を使用してます)

このカバーは「MOTHER2 MEMORIES」、どせいさんステッカーも付いてきます。

ゲームの画面の組み合わせられている柄なのですが、ずいぶんと上品な色味に仕上がってますよね。
カバーの内側のライムグリーン、ペンホルダーのパープル・イエローの組み合わせが絶妙で、すぐに愛着が湧いてくるアイテムです。


今は必要ないけど、いつかはほぼ日手帳を使ってみるかも? というお考えの方は、カバーだけでも入手しておくといいかもしれません。
販売されるカバーは毎年入れ替わっていくようですし、数が出てしまえば販売終了もありえますし。




ほかの手帳にはない特徴がひとつありまして、毎日のページに、ほぼ日に掲載された言葉が載っています。

7月11日は、2015年の年末に公開された糸井さんと宮本さんの対談から、以下のやりとりが抜粋されていました。

糸井  「ふつうの前向き」でいいんだよ。だって、みんな生きてるし、おいしいもん食べてるときうれしいじゃない。そういうふうにしたいねぇって、岩田さんと、そういう話、ずっとしてましたよね。  
宮本  してましたねぇ(笑)。




そして、岩田さんのお誕生日の日付、12月6日のページ。

どんな別れのときにでも、 
「また会おう」と言えばいいのだと思う。  
ともだちだから、また、会う。 それはちっともおかしくない。  
うん。また会おう。いや、いまも、ここで会ってる。



「今日のダーリン」っていうのは、糸井さんのエッセイです。
毎日更新されるうえに無料で読める、なのに内容や文体がとてもリッチなので、手軽に贅沢な気分が味わえてしまいます。


昨日のことなんですが、なんとなく、「今日のダーリン」を読んでいて「7月11日」を題材にして何かを書くことに対して、静かな反抗を示していらっしゃるように感じました。

それは、「何かをかいてくれるんじゃないか」という外圧も含まれているんじゃないかと、わたしは推察したのです。
(もちろん糸井さんの胸中は分かりませんし、分かった気になるつもりもありません)


糸井さんの姿勢を拝見して、命日だからだとか、誕生日だからだとか、簡単な理由付けをもちだして、岩田さんのことを書くのは止めようと思いました。

そうですね・・・・・・沈黙してしまうと、「なにかをだいじに思う気持ちそのもの」がこの世の中から消えてしまうような、そんな心細さも覚えますけど。

岩田さんからいただいたものが、
あたたかくて大切なものだと信じているからこそ、
ブログ上で岩田さんのことをふりかえるのは今回で最後にします。


◆「岩田聡」から学んだ本質とは、何だったのか


わたしは岩田さんのものの考え方や、表現の仕方が好きでした。

実際に対面してお話したことはありませんが、ゲームビジネスを通して知り得たお人柄に、たくさんの感銘をうけてきたと思っています。

そのことに関して、掘り下げたり分析するのって、案外むずかしいんですよ。
具体的にどういうポイントに惹かれたのか、うまく言語化できずにいました。



つい二日前のこと、「傾聴」という技能について学んでいるときに、「あ、岩田さんって “傾聴” を体現なさってる人だったんだなあ」と腑に落ちたのです。

それもそのはず、名物コンテンツの名前が、「社長が訊く」だったわけですから。

当たり前すぎて、かえって見落としてしまっていましたが、岩田さんは「聴く力」をとことん鍛え上げていた方だったんだなあと気付かされたのです。



「傾聴」とは、もともとカウンセリングの現場で行われる、コミュニケーション技法だったらしいのですが、ボランティアや介護、ビジネスの現場でも取り入れられています。

簡単に説明すると、黙って相手の話に耳を傾ける、というただそれだけのことです。
それだけのことのなかに、奥深さとむずかしさがあります。

「傾聴」についての表面的なテクニックを磨いただけでは意味がない、でも少しでも心をこめて実戦することができれば現実を改善するパワーを秘めている・・・・・・話すことよりも聴くことに主眼を置くことで、得られる効果は大きいのですね。




ひろく知られているビジネス書の古典「人を動かす」にも、むやみに自分の話ばかりをせずに、人の話を聴く大切さがいくども解説されています。

これだけ情報の流動が激しい時代ですから、どこかしらで「傾聴」する大切さを読んだり教えてもらったりしているわけです。じゃあ実践できている人がたくさんいるかっていうと、まあ・・・・・・ハッキリ言って、多くないですよね。

いまのネットの状況を見ただけでも、みんな「喋る」ことに夢中で、建設的な空気が失われて久しい状況だということに気付かされます。
こういう世間の空気のなかで、コミュニケーションの肝心要である、「沈黙」の知恵を体得するのは、なかなかむずかしいんじゃないかと思います。


本で読んだだけでは、人に教えてもらっただけでは、どうして実践できるようにならないのか。そのことのヒントになるようなことを、岩田さんご本人がおっしゃっていますので、ぜひ以下の糸井さんとの対談に目を通して頂けたらと思います。


社長に学べ! おとなの勉強は、終わらない。


ここからは、要点やこころに残った部分をすこし引用しながら、岩田さんのノウハウに迫っていきたいと思います。

負債を抱えたHAL研究所を立て直すために、はじめて社長に就任した岩田さんが取り組んだことは、社員との面談でした。そこから濃密な、社員との面談人生がスタートしたのです。

「人は逆さにして振らないと
 こんなにもモノをいえないのか」

とあらためて思いました。

岩田さんはたんに黙って話を聞くだけではなくて、相手が不満に思っていることや伝えたいことを聞き出すための質問を繰り出しますし、必要な場面では自分の意見も伝えているのです。

だから、岩田さんがなさったことと、世間で言われている「傾聴」のノウハウとは、かっちりと綺麗に重なるわけではありません。
それでも、「傾聴」で大切にしなければならないとされているポイントと、岩田さんが体得していたポイントというのは、ほぼ同じだと言っていいかと思います。


不満を持っている相手なら、
不満がたまっていればたまっているほど、
きかないとこちらのいうことは
入らないですよね。 
なにかをいおうとしたのに
クチをさえぎられて
「それはこうだよ」といったら、
「あぁ、この人は
 なんにもわかってくれない」
と思ってあたりまえですよね。

相手の話を遮らないこと。

相手に純粋な好奇心をよせること。

自分の考えを押しつけずに、まず理解と共感をよせること。


「聴」という漢字は、「す」という送り仮名をつけて
「聴す」と表記できます。
この「聴す」という読み方が、まさに「傾聴」の本質そのものなんだそうです。


なんと読むか分かりますか? 
「聴す」と書いて、「ゆるす」と読みます。

相手がありのままの状態であることを、まずは肯定すること。
現状の改善や、未来への足がかりは、そのあとに着手すればいい、ということなのです。

岩田さんが生前おこした数々のミラクルは、そんな「聴す」力によって成し遂げられたのではないでしょうか。


ここ最近に糸井さんが、河野晴樹さん、藤野英人さんと鼎談なさったときのやり取りがしっくりきたので、紹介させてください。

河野  
あの、昨今は精神的に病んでしまうビジネスマンが
増えています。そういった方々の多くは、
「自分はこの組織で何ができるのか」とか
「自分は求められているのか」とか
自分のことを理解してもらいたい、と
考えているから辛くなる
のではないかと。
(中略)
「この会社の未来はどういう風に進んで、
そのために自分はどんなことができるのか。」
ということを一生懸命考えられる力といいますか。
そういう「理解力」がある人は、
いつの間にか周りにも理解されて
何をやってもうまくいく人が多い
なと、
人材業界で長く働いてきて感じました。
 

****************
糸井  
相手を理解しようとすることも、共感することも、
「先に愛する」からこそできること。
 
河野  
実は難しいことですよね。
「関わる人たちを積極的に知りにいく」という愛情は
誰でも持っているものではなくて、
才能であり、人として大切なこと
なんです。


「聴す」力や、「先に愛する」力を鍛えること

そこには人間関係にかかわることに悩んでいるすべての人にとって、福音になるかもしれない可能性が詰まっています

それに、岩田さんだからこそ見えた風景や、語られてきた経験談は、懸命に生きている人たちの助けになりつづけると思うんです。

どうか、日本の社会が「岩田聡」のことを忘れないでいてくれたら、と 心から願っています。

最後に、岩田さんが自らの生き様について、語っている部分を引用して終わりたいと思います。

わたしはきっと当事者になりたい人なんです。
あらゆることで
傍観者じゃなくて当事者になりたい
んです。  
だけどその一方で
当事者になるというのは
自分の利益のためではないんです。  
誰かのお役にたったり、
誰かがよろこんでくれたり、
お客さんがうれしいと思ったり、
それはなんでもいいんですが、
当事者になれるチャンスがあるのに
それを見過ごして
「手を出せば状況がよくできるし、
 なにかを足してあげられるけど、
 たいへんになるからやめておこう」
と当事者にならないままでいるのは
わたしは嫌いというか、
そうしないで生きてきたんです。

わたしも「批評家」「評論家」気取りの傍観者にならないで、みずから汗をかいて動き回る「当事者」でありたいです。

ここ2年くらいの間、岩田さんのコンテンツを振り返るのがつらくて、避けている側面がありました。
このエントリー制作にあたり、あらためて岩田さんの発言に触れてみましたが、以前よりも理解できている部分や、生活のなかで実践できている部分があり、ちょっと嬉しかったです。

これまでも、これからも、岩田さんはわたしの大切な先生です!
いつも、ありがとうございます。