ゲームのこと嫌いになりたくないので、私はソシャゲをやめたのです


ゲームは生きていくために欠かせない存在ではありません、
そのことを表現するのによく「不急不要」という表現がつかわれます。

「不急不要」と言われて、腹立たしくなったり、
少し悲しい気分になってしまったかもしれません。
そうですよね、だってこのブログを訪れる大半の方は
ゲームがお好きですもんね?

ただ、私は「不急不要」という表現、けっこう気に入っているんです。

日々生きていくなかで、
あの無駄を減らそうだとか、
あの損を減らそうだとか、
そんなことばかり考えなくてはなりません。
「急を要するもの」「優先して必要なもの」のことばかり考えていたら、
とても窮屈な気持ちになっていきます。

こんな時代だからこそ「不急不要」なコンテンツが、
人間を癒やしてくれるのではないか
私はそう考えているのです。

さてゲームは「不急不要」な代物であるおかげで、
日々多くの人を癒やし続けています。
が、利点の裏側には、もちろん欠点あり。

とくにスマフォゲームを遊んでいる時に感じる「欠点」について
まじめなゲーマー目線で語っていこうと思います。



みなさんはスマフォ専用のゲーム(ソシャゲ)を
どんなタイミングで遊んでいるのでしょうか?

なんらかの待ち時間、電車の移動中、休憩時間、
テレビ視聴中にCMが流れているタイミング、
暇を感じたとき、眠る前・・・etc


さて、私がスマフォ用のゲームを「やめたい」と思うのは
どんなタイミングで遊んでいるときだと思いますか?

正解は、上記に書いてあるほぼ全てのタイミングにおいて(笑)


私は最近まで「すきま時間」がゲームで埋められることの弊害について、
さほど意識化できていませんでした。
ストレスは感じてましたけど。

「すきま時間」を占領されることに対する弊害について、
わかりやすく説明している記事を見つけたので引用しましょう。

神経科学と心理学の研究によれば、ぼんやりすることは創造性や計画性を促進し、将来の見返りを得るために目先の欲望を抑える能力をも高める。いずれも、仕事で成果を上げるために重要なものだ。これほど幅広い効果を得られる行為はそう多くない。

ぼんやりする ( あたらしい情報をとりこみすぎない ) 時間帯に、
脳は大切なタスクをこなしてくれていたのです。

意識して何かを作業することで、
無意識が助けてくれようとしているのを
妨害してしまっていることは多々あるようですね。

脳科学や認知心理学とかの本をよむと、
起きているときよりも、
眠っている(夢をみている) ときのほうが、
脳みその働きは優秀なんじゃないかな? って本気で思いますもん (笑)


もうひとつ大切なのは、
「就寝前」の時間帯です。

眠る前に目を通した情報は、
脳に残りやすいという話は有名なので
知っている人も多いと思います。

ソシャゲはスタミナ(無料で遊ぶためのポイントみたいなもの)が溜まっていたら、
使い切らなくては損だという圧力をユーザーにかけてきます。

ポケ森だったらどうぶつが入れ替わるときとか、
フルーツが木に実るタイミングだとか、
要のタイミングみたいなものがあるんです。

そのせいで私は、眠る前にあんまりゲームをしたい気分じゃなくても、
本を読んだり勉強したい真面目モードのときでも、
ポケ森がちょっと気になっちゃったりするわけなんですよ。

眠る前にソシャゲをやってしまうと、
さほど満足感は高くない割に、
脳のパフォーマンスは下がっていきます。
結果、あんまり嬉しい気分じゃなくなるという・・・。


「すきま時間」と「就寝前」の時間を奪われつづけると、
なんか人間としての尊厳が
機械的なシステムのまえで崩れ落ちていくような・・・

書いていて分かったのですが、
ソシャゲってゲームではなくて、
システムと付き合わされてるような気分になってくるのですよ。

こういうシステムで遊ばせてあげるから、
あなたのほうから合わせてね、
基本無料だからいいでしょう? って。


中毒性の高いコンシューマーのゲームをやっていても、
おんなじような気分にならないのは、
自分とゲームが対等な関係だからかもしれません。

ソシャゲの場合は、自分とゲームの間に
強固なシステムが入り込んでくる。
途中から自分はゲームを遊んでいるのか、
システムと格闘してるのか
グチャグチャになって訳が分からなくなる。

・・・そういう風に考えたら腑に落ちる!

私はゲームが遊びたいだけ。
システムと付き合うのは割にあわない。

・・・という結論に到達しました。
Switchにぶつ森新作が来ることを願って!




脳科学について手軽に知識を増やしたい方には、
池谷 裕二さんの書籍おすすめです。

読みやすい、分かりやすいです!